どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

“それ”に含まれうるもの

 一編の詩を書くのに
 どのくらいの言葉が含まれているだろう
 本なら何冊ぶんだろう 人生なら何生ぶんだろう
 一つのお話をつくるのならどうか
 何百層にも複雑に重なりあった
 言葉や意味や概念や、あるいは誰にも知覚されることのないなにか
 そういうものが、一編の詩に 一つのお話に 在って
 映画ではどうか
 そこには何枚の絵が入っているだろう
 あるいは人生なら、
 宇宙がいくつ入るだろう

2018.12.09 友人のBirthday LIVEに寄せて

空の青さをみつめていると、

 空の青をみつめて、思い浮かべること
 それは、
 懐かしいということでもなく、
 怯えるということでもなく、
 ただ、気分が軽くなるというだけでもなく
 青空と向き合うとき、吸い込まれていくわたしの中のなにか
 それが吸い込まれるたびに、わたしは絶望する
 青空をみるたびに、わたしは自分を取り戻す
 絶望することでわたしは正気となっている
 わたしを打ち砕く全ては、蒼天へとかえっていく
 「わたし」だけがここに残り、また、次の「(絶)望」に向けて歩いていく
 だから、わたしは青空をみるとき、
 懐かしいというわけでもなく、
 おびえるというわけでもなく、
 気分が軽くなるというだけでもなく、
 こころから歓ぶのです

ピアノ線の上に文字をおく

 ピアノ線の上に文字をおく
 ただおくだけではない
 自分の生理に合うように、順に、バランスよく並べていく
 ピアノ線はとても細く丈夫なので、自らを殺めることだってできよう
 その上に言葉をおく
 線はどこかへその言葉を運ぶ
 言葉の流れは、いつも線を伝って人に伝わっている
 線の上を軽やかに踊る言葉は、人を高揚させる
 しんみりとした言葉は、線にめり込んで変形しつつ、私の重石となる
 音という抽象的な存在は、言葉という意味と共に人に伝播する
 物理現象としての波の振動でしかないそれは、
 私から始まり、どこかへと消えていく
 あいまいな気持ちが、具体的な言葉として示され、自覚し、自認し、また人に伝わるかもしれない
 線の連なりは、どこまでも届き得るが、しかし、届かない人には決して届かない
 どんなに精緻に並べた言葉も、届かなければ、それは言葉とは言えないだろう
 私が言葉を発するとき、そこにあなたが居て欲しい
 その線は赤くはなく、第五指にもつながってはいない
 言葉と言葉がつなぐその相互作用に勝るつながりなど、このせかいには存在しない
 その線は現実のピアノ線よりも細く、宇宙エレベータのワイヤーよりも硬く、ちぎれはしない
 だが、その線を断ち切ることはあまりに簡単で、そして、果無い
 線を赤くする
 その線を小指に巻く
 そうすることもまた容易い
 人の心はそう出来ているから
 私たちの間に在るその線を、私たちは人間と呼んでいる