どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

あなたがぼくの現実であるということ

 あなたに、ぼくの現実と成って欲しい。あなたを幸せにしようと、ぼくは思っていたい。思い続けていたい。あなたでなくてはならない。あなた以外に、現実なんてない。ただ、ただ、あなたとあなたから産まれてくる小さな人たちを、幸せにしていたい。小さな人たちが大きくなることを、ぼくはよろこびとするだろう。そういった類の現実を、ぼくに、持たせて欲しい。
 あなたはあなたとして生きていけるだろう。きっと、幸せに。ぼくの現実になんてならなくたって、幸せになれるだろう。でも、ぼくにはあなたでなくてはならないんだ。そう思い込んでしまっているだけなのかもしれない。でも、そう思い込める人なんて、そう滅多にいやしないとも、わかっている。
 現実は、いつだって、男には厳しいものだ。女の人という現実は、いつだって、ぼくに突き刺さってくる。たぶん、どんなにお金を稼いだとしても、そういうものなんだろう。どんなに優しい人にとったって、そうなんだろう。ぼくなんか、なんて自分を卑下したって仕方ないんだけど、やっぱり、ぼくにはそれは難しいことなんだ。どうしようもなく困難なことなんだ。
 ずっと、そういう現実から逃げていたような気がしている。ずっと、ずっと、逃げていたいような気がしている。
 こんな風に、身体の中からエナジィが湧いてくることなんて、そうはない。あなたは、そんな人だった。
 自分を誤魔化していたって、自分がつらいだけなんだ。どうやって、きみを手繰り寄せたらいいのかわからないでいる。きみに関するどんなことだって、ぼくは勇気を出せる。なにかを為せる。
 きみという現実こそが、ぼくを成長させるだろう。きみを幸せにするという現実。それに関する意地と見栄が、ぼくをなんとか持ちこたえさせるだろう。どんどん前に進むために、きみをぼくは求めている。活き活きと生きるために、ぼくはきみを求めている。
 現実の中に、自分を生かすために、活かすために。
 きみに応えるために、ぼくは両親から産まれてきたような気さえしてる。
 ぼくの親の世代も、その前も、生物が発生したときから、ずっとそうだったんだ。誰かが誰かの期待に応えてきた。誰かが誰かの現実と成っていた。誰かが誰かを生かしていた。誰かが誰かを活かしていた。
 だから、きみにも応えて欲しい。
 そうやって、“現実”はできているんだ、この“世界”はできているんだって、この歳になってやっとわかった。世界の秘密に触れた気がした。

プレイリスト

「じゃあ、次はこの曲、きいて」
「ん」
 彼はあくまで素っ気なく女の子からイヤフォンを受け取る。女の子は自分の好きな曲を彼にきいてほしくって、こうして肩をならべて喫茶店に座っている。彼にきいてほしい曲は耳を通さなくてもどんな音なのかはもちろんわかっている。前奏も最初の歌詞はもちろん、曲のアレンジも肝心要なところだって。そのテンポもリズムも女の子の心に染み付いている。なんなら唄ったっていい、とさえ。
「ふーん」
 彼は気にも留めていないフリをして、彼女にイヤフォンをまた返す。
 イヤフォンが音を出している元のスマホは女の子が持っていて、彼にはいちおう(・・・・)見えないようにしている。なんか、ネタバレみたいでイヤなのだ。横に座っているから、ジャケットくらいは見えたかもしれない。
 彼は相変わらず、興味ないふりをしている。でも、本当には、好きな人の曲を聴くことになんの迷いもなかったし、それを好きになるであろう予感もあった。もっと動揺したことには、それは彼も好きな曲だったことだ。
「どうよ? 感想を述べよ」
「うーん」
なんで素直に自分も好きな曲だ、と言えないのか。自分で自分がもどかしくなる。なんだか猛烈に照れている自分がいる。歓びに打ち震える足。こんなことあんのか、と思う。
 仕方ない、という感じで彼女はまたスマホをいじり始める。
「そんじゃね、これはどうよ」
「うーん」
 こんなやりとりが続いた。
 結果から言って、不思議なほどふたりの音楽の趣味は合っていた。それだけで縁があると思えるほどに。ヒット曲もそうでもない曲も、アルバムにしか入っていないあの曲だって。
 彼の足はずーっと震えていた。リズムを取っていると誤魔化すことができないくらいに。彼女はそのことに気がついていない。
 イヤフォンのやりとりと彼にとってだけの心のやりとりが続いてから、彼は自分のスマホを取り出した。そのミュージックアプリを開くと、あるプレイリストを表示して、彼女に見せたのだった。
「えーっ! もう、自分のスマホで聴けよ〜電池もったいないわ〜」
「いや、かの子のイヤフォン音がなんか良いから、言い出せなかった」
ふたりは喫茶店で大げさに笑う。初めて話した時から相性がいいと思っていたけれど、こんなところにも顕れているなんて、なんだか不思議なことだ、と思う。
 一年に何曲の曲がこの世界に飛び立つんだろう。彼女たちはこれまで何曲の曲を聴いてきたろう。偏愛もあったに違いないのに。
 
 それでも、うまくいかないのが、ヒトの恋なのだ。
 だから、不思議なの。

目のさよなら

 どの瞬間が、その子と目の合った最後だったのか、思い出すことのかなわない別離。
 どんなに素敵だと思っていても、それを口にしなくては、伝わらない。今は目の前にいたとしても、いつかはいなくなってしまう。
 その子が目の前からいなくなったら、思うだろう。あの子と心が通っていたのはいつまでだったろうって。
 だれかと心が通っている、なんてふつうは意識しない。目が合っているとさえ思わない。心が通っている、なんて、ただの勘違いなのかもしれない。相手には、ぼくなんてどうでもいい男のひとりだったのかもしれない。
 でも、思わなくては仕方がない。
 そういう様に思いたいのかもしれない。
 こころが、通じていた、って。
 あの子がぼくに向かっておどけて出した舌を、可愛らしいとおもった。尖らせたくちびるがせくしーだとおもった。彼女のいろんな顔を見たいとおもっていた。
 いつの間にか、目を見ていた。
 見ていた。彼女も。
 だから、目が合ったんだ。
 それは、まやかしではない。勘違いでもない。
 彼女は、じぶんがぼくの前からいなくなることがわかっていたのだろうか。いつが、彼女と目の合った最後だったか、思い出せない。
 なにかを、彼女は残していなかっただろうか。なにかの、目印を、きっかけを、とどのつまり、想いの端を。それから、「さよなら」を。
 彼女がいなくなってから、彼女を愛おしいとおもっていたことに、ぼくは気がついた。
 どうしたのかと、ひとに問われるくらいに動揺している。
「最後」を想い出そうとしても、いつがそうだったのか、わからない。
 失ってから気がついたこの気持ちのやりどころを、ぼくは、知らず。
 あてもなくただ悶々としてから、また、誰かを想うようになるのかもしれないと、おもってる。