どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

山路を登りながら、こう考えた

 男にフラれて旅に出るなんて、我ながらアリキタリだ。でも、あの男との記憶がたくさんあるあの家に居続けるのはなんだかつらくて、私はちょっとした休暇をとって、こうして外に出てきたのだった。これは、旅なのか。
 どこか街に行くのも嫌だったし、海外に行く余裕なんぞそもそもなくて、なんだか自然のあるところ、それも観光地でもないところ。とにかく人に接するのが嫌で。だから私はここに来た。錯綜した頭でよく考えたものだと思う。咄嗟の私の直観は正しかったと言えよう。とにかく家を離れたい一心で選んだこの場所で、私はのんびりしていたというか、ただ歩いていた。
「あいつが全部悪いんだ……私は何も悪くない」
 そう独り言ちても、なにも私の心は浮かばれないし、スッキリした気持ちにもなれなかった。今すぐあいつに電話して、何か言いたいのだけど、何を言ったらいいのかわからなかった。すべては済んでしまった後だったのだ。
「あのぉ、すみませんが、此処はどこでしょうか?」
 見知らぬお爺さんが地図を片手にこっちに向かって来た。この人も旅行に来たのだろうか。こんな、何もないところに。男という男を相手にするのが厭になっていた私は無視しようかとも思ったのだけど、なんだかいたたまれなくなって応えた。
「そこ、たぶんこの先ですよ。私そこから来ましたから。たぶん合ってると思います」
「あぁ、そうですか。ご親切に、有難う御座います。恩に着ます」
 こんなに丁寧に人にお礼を言われたのはいつぶりだろう。それも男の人に。それも年上の人に。自分のしたことで、こんな気持ちになるなんて、私はなんだか、不思議だった。
 ささくれ立った心が解ける心持ちがした。
 一人の男によってひどい目にあって、すべてが嫌になっていた、自分が、恥ずかしくなった。
 私は自分がどう思われているかとか、自分がどう見られているかとか、そういうことに拘りすぎていたかもしれない。そこから自由になれたら、違う気持ちになっていたかもしれない。いまのお爺さんは、きっと、たぶん、心からお礼を言っていた。本当に困っていて、それを助ける人がいて、それをこの人は返した。それは当たり前のことだけど、私には当たり前じゃなかった。男なんてみんなおんなじだ、なんて考えていた自分が恥ずかしくなった。いろんな人に堪らなく詫びたくなった。
 私はここに居るべきではなかった。その足で東京に帰った。