気球から撒きうるもの
「なんでこんなことになったのぉ〜!」
女の子と気球に乗っている。空を飛んでる。女の子が叫んでる。ボクだって怖いのだけど、かっこ悪いので押し隠してる。平然としている
出逢ったのは、だいたい1ヶ月前。たまたま。話すと長くなるから。なんだか気が合って、しょっちゅう会うようになって、このザマ。のんびりしている時の彼女は可愛い。でも、ボクにしがみついている彼女の、別の面を見た気分。
夕方に、気球に乗って、夕焼け見たら、めっちゃ綺麗じゃね? が誘い文句。いいじゃん! とノッてきた彼女。インストラクターのお兄さんと一緒に気球に乗り込んで、あとは空の旅。風がびゅうびゅう吹いていて、ちょっと、揺れる。正直、怖い。気球の、のんびりした印象が乗ってみて、真逆に変わった。二度と乗りたくない、と思ってた。
「こ、こんなんだって、知ってた?」
ボクの腰に手を回したまま、彼女が訊いてくる。怖いからね、怖いからね、と言い訳がましく呟いている。半泣きのこの人を初めて見た。この人、こんな顔するんだ。
「いや、知らなかった。めっちゃ怖いなー、これ。ほら、下の人、あんなに小さくなってる」
「よく下見られるね。あー、無理。めっちゃ揺れるし。だいじょぶなの〜? これ」
空は上にどこまでもどこまでも続いていて、雲ひとつない。いつまでも上がっていけそう。インストラクターさんは終始笑顔なのだけど、それが逆に怖い。いつもこうなのか、怖くて訊けない。
「ちょっと、一旦離れて。怖いのはわかるけども。やりたいことがあるんだ、実は」
「え、なに? それはあたしの恐怖心を逆撫でしてまでするべきことなの?」
彼女の声色にドスが効いている。気球よりも、怖い。
「いや、ちょっと。インストラクターさんに見えないようにして?」
途端に小声になったボクに彼女の顔が近づく。手は腰から離れて、自立している。ボクは言う。
「これ、持ってきたんだ」
ボクはポッケに入れていたものを、そっと出す。インストラクターさんはバーナーに夢中だ。
「向日葵の種じゃん、どうしたの? ハムちゃんでも居んの」
のんびりと、彼女が応える。こういったボケなのか本気なのかわからない、とぼけた応答をたまにするんだけど、それはさておき。
「これを空から蒔いたら楽しいだろうなー、と思ってさ」
「ふーん」
「この丘じゅう、向日葵だらけになったら、素敵じゃない?」
「それで、こんなにたくさん持ってきたの? ふーん」
「一緒に蒔こう?」
「いいけど……」
そう言うのを聞くと、種を半分くらい彼女にさっと渡した。ボクはアーっと叫びながら種をバスケットの外にぶちまけたのだった。とてつもなく、気持ちよかった。開放感があった。
地べたでは、ボクたちの帰りを待っている人たちが、こっちを見ていた。