どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

王蟲とのひとり、やりとり

 目が醒めると、眼前に王蟲がいた。
 王蟲雄大で、清らかで、ただそこにいるだけなのに、わたしは気圧された。その多眼は暗いが、雄弁に語り、生気を失っているわけでもなく、今にも明るさを取り戻しそうだった。
 わたしは王蟲の前に立ち尽くし、見上げている。思うまでもなく、王蟲がなにか話しかけてくるのを待っている。自分からは、何も言うことができない雰囲気。王蟲に心の中を覗かれているような、そんな気分。きっとなんの隠し事もできないであろう、そんな気分。
 何かを問われているような気もするし、わたしが何かを問うているのかもしれない、と漠然と思った。

 突然に、王蟲の黄色い触手がわたしの方に延びてきた。音にならない言葉を王蟲が唱えているかのようだった。わたしはそれに応えたかった。王蟲のその手に触れた。王蟲はこの世のなによりも神妙だった。どんな動物にも植物にも、誰と会った時とも、違う感触がそこには在った。ただ不気味だった。
 王蟲の触手に乗ると、わたしは地から浮かび上がった。不思議と気持ちが高揚した。その時には、王蟲がなにを言いたいのか、わかっていた。なぜだか心が通じ合っていた。王蟲に触れた瞬間に、王蟲がこころの中に入り込んできた。とても落ち着いた気持ちになった。

 王蟲の実直さは、わたしにとって救いだった。どんな疑いを掛けられようと、怒りに身を任せることもなく、ただ自分の在るべきことをしている。ただ愛を語っていた。わたしにはそう感じたのだ。なにもかもがそうあるべきだ、とその時思った。この通った筋は、誰にも曲げることはできないだろう。王蟲ほどに誇り高い生物はこの世に存在し得ないと思った。
 それに触れた瞬間に、わたしの中で、なにかが疾った。この様にこそ、生きるべきだと。誇り高く、生きるべきだ、と。

 眼が覚めると、わたしは眠りに着いた時と同じ格好で同じ部屋に居たのだった。現前にいた王蟲はなくなった。ただこころに誠実さだけが残った。それは温もりだった。光だった。王蟲のあつい視線だった。
 そのように生きろ、と言ってるように感じていた。