歳とってるし、うつくしいし
「マーチャン!」
独り暮らしの祖母を一人で訪ねると、祖母は大げさによろこんでくれた。
「来たよ〜。今日はゆっくりいられるよ〜!」
「そうかいそうかい。お茶入れるからねぇ」
「ありがとう。まだこたつ出してるんだね。片付けるの手伝おうか? もう暑いよ」
「そうだねぇ〜。助かるわぁ」
玄関まで出て来た祖母は相変わらずヨボヨボだった。
5月の晴れ間に、わたしは母に頼まれて祖母の家を訪れたのだった。
「何か困ってることない〜? 電球替えるとか、なんかそういうこと」
「ん〜、じゃあ頼もうかね」
祖母からの頼まれごとを粛々とこなす。一通り終わるとこたつだったつくえに二人で座ってお話をする。
「おばーちゃんが結婚したのって、何歳のとき?」
「そんな昔のことは忘れちゃったよぉ、わはは」
「えー、いいじゃん! 教えてよ」
「んー、お見合いだったからね、おじいさんとは。18かしらね」
「そうなんだぁ。おじいちゃんのこと、好きだった?」
「まぁね〜、あの頃は、そういうものだったから」
タカシとこのまま結婚するんだろうか、とふと頭をよぎったというか、なんかそんなことをぼんやり考えていたような気がする。
「マーチャンは生き始めたばかりだもの。これからよ、人生は。なんてね!」
「……そうだねぇ。でも、わたしは流されてばかりだから」
祖母はたぶんいろんな歓びを知っていて、悲しみも知っていて、そして、いま、死に向かっている。体力だけは有り余り行動するしか能のないわたしとは違い、祖母にはたくさんの経験があるのだ。わたしの経験したことのないことをたくさん識っている。そして、知恵がある。
その白髪はうつくしい。
「葉桜、綺麗だし、カーボン山、行かない?」
母からの頼まれごと。祖母を外に連れ出すこと。
「そうねぇ。じゃあ支度しようかしら。ちょっと待っててね」
そういうと祖母は鏡の前に座った。お化粧をしている祖母をわたしはジッと見ていた。簡単に身支度した祖母と、近くの山に向かった。
歳なんて、関係がない。人間のうつくしさには。覚えたての化粧をしたわたしはウツクシイといえるだろうか。おばーちゃんみたいにいつかなれるだろうか。
山までの道、歩きながら、祖母は云ったのだ。
「自分の幸せを忘れないことよ。いつもそれを想って行動することよ。しあわせになるには、それ以外にないわ。どんな仕合わせでも、人はしあわせになれるのよ、きっとね」
祖母は、だから、うつくしい。誇り高く、自分のせいを全うしたから。
「わたしも、おばーちゃんみたいになれるかな?」
「あんたは、わたしの孫だからねぇ、わはは」