どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

贈ることば

「あなたにこの詩を贈りたいんだ。谷川さんの『雛祭りの日に』」
 愛しい人に、震える手で自分の書いた自分の結晶の一部を手渡す。一報を耳にしてから、造り上げるのに一週間くらい掛かってしまった。どんな反応をするだろう。
「あら、素敵なレタリングじゃない。どうしたの?」
「ぼくが書いたんだ。あなたを幸せにするのは僕だと思ってたんだけどな!」
 自分でも思ってもみなかった言葉がつらつらと出てきて、自分でも驚いてしまう。まるで、口が勝手に喋ってるみたいに。一年前を思えば、口から音が出ているだけでも奇跡みたいなことなのに。心の奥底から言葉が湧き出てきてしまう。
「あら、そう? 残念ね。でもわたし今、しあわせよ」
「うん、わかる。正直なところ、今のあなたの何もかもが、ぼくにはつらいんだ」
 こうして、彼女だけを見つめている時間は至福だ。でも、いつ彼女が男のことを言い出すだろうと思うと、僕は見てはいられない気持ちにもなった。
「そう? そうかー。でも、詩は戴けるのね」
「どうしてもこの詩を、今のあなたに読ませたかったんだ。読んだら捨てていいから」
 詩の書かれた紙を開いて、彼女はしばらく沈黙している。うん、と頷いて、こっちを見つめる。僕はなんだか過剰にドキドキしていた。
「良い詩ね。良い言葉だわ。それに良いデザインだわ。一生、わたしのそばに置いておくわ。誓う」
 彼女は、僕の贈った言葉を丁寧に自分の鞄にしまったのだった。
「そう、どっちでもいいよ」
「……。」
 沈黙を気にしないたちの僕にも、この間は緊張してしまう。と思うと同時にやはり口をついて言葉がまた出てきたのだった。
「あなたみたいに言葉を大事にする人に、また出逢いたいよ」
「ふふ。そんな人、わたし以外にきっといないわよ」
 戯けていう彼女に嘘は全然ない。この人は言葉と何年も真摯に向き合い続けてきた人なのだから。僕は、それを充分に知っている。
「そうかも」
「でしょー? なんでわたしを口説かなかったんだよー?」
 まともではない自分を必死にカモフラージュしていたのだって、きっと、彼女には見抜かれていただろう。ぼくの一挙手一投足には自分には価値があるのだという思惑と、自分は優れているのだという錯誤が見え隠れしていたと思う。それは、とても醜いものだった。美しい、君に見せなければ、なんて笑うよね。 
「口説けないよ。でも、ぼくがあなたを幸せにしたかった」
「ふふ。じゃあ、行くからね! また、どこかで逢いましょう」
「うん。きっとまた、どこかで」