どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

なんだか急に降ってきたこと

 なんだか急に降ってきた
 自己憐憫だとか
 自己陶酔だとか
 自己滅却とか
 自己成長とか
 自己増長とか
 悪ノリとか
 妄想や空想や想像や、その他あらゆる思い込みや、自分に都合のいい考えとか
 自意識過剰だったりとか
 自己主張だとか
 自分をこう見せたいという無意識の行動や言葉
 もしくは意識している行動や言葉
 
 あるいは普通でいようとすること
 それから普通でなくてもいいと思うこと
 
 なんだかそういうものが、気持ち悪くてダサくてズレていて無様で、不甲斐なくて情けなくて、なんかどう書いたらいいのかわかんない
 いっぱい列挙したけど、たぶんまとめたらこんなことぜんぶが一遍に、得体のしれない違和感としてふっと頭に湧いてきて、
 
 そう感じた瞬間に
 何かが腑に落ちたような気がしたけれど、たぶん、それもまやかしだって感じで
 なんだか自然になれそうな気もするし、ぼくの本能に書き込まれているなにがしかは、まだ自分の中にいるって気もしている
 
 自分のことはたぶんもう信じなくてよくて、
 自分のつながりを信じてたらよいって
 なんだかそんな気がしてて
 つながりさえきちんと守れたら、それは自分のこともそうしているということで
 なんか、そうしたらいいんじゃないかって
 なんか、シンプルだなー、と思って。
 
 これでいいんだろうかね
 つながりはきっと、そうとは意識せずに応えてくれるんだろう
 わたしがそうできたなら