どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

したの味

 マスクごしの接吻。
 彼女が舌を当てているのがわかる。わたしもそうしている。張り合うマスク。ゴムで耳が痛くなるくらい、キスしている。
 息が荒くなっているのは、気密のせいなのか。ぼくらは、いま、野生。どうしても、こうしなくてはならない。
 眼鏡が曇っているのがなんとなくわかる。そのうちに雫が垂れるのではないか。
 舌先が二枚の不織布を隔てて探している。うごく舌をなぞる。
 彼女との、何度したかわからない口づけも、久しぶりに会うといつもとは違っていた。今、ぼくたちはキスをしているのかもよくわからない。でも、彼女の気持ちは十分に伝わってくる。情熱。自分もそれに応える。情熱。
 駅の改札を出て、彼女が近寄ってくるなりこうして。素手を合わせるのさえ躊躇するのに、マスク越しに息を交換している。これでは、伝染るかもしれない。それでもいい、と思う。
 束の間、くちびるを離す。泣いている彼女を見つめる。やはり曇っている眼鏡をはずす。また、無言で奪いたくなるのを堪えて、言う。
「伝染るから、もうしない」
「して」
「いいの」
「いいから」
 ぼくも彼女も、そもそも感染しているかなんて、わからない。人と会うことも憚られる時世に、こうして逢っている。そうして、口を合わせている。目から出た雫が頬を伝ってマスクを濡らす。
「じゃあ、行くから」
「うん」
 今日感じた、彼女の「舌の味」( ・・・ )を、いっしょう、忘れないだろうと思う。(了)

 ***キッスは画面越しに投げてすることをお勧めします。創作です。***