どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

つぎつぎと合う辻褄

 君と初めて出会った時、自分が生まれきてきた意味が、わかった。君と出会うために生まれてきたんだ。君と暮らすために、君と生きるために、私は生まれてきたんだと思った。
 やっと、だった。私は自分が生まれてきた意味がずっとわからなかった。仕事をしていても、趣味に時間を割いていても、なぜ自分は生まれてきたのか、生かされているのか、不明だった。死ぬことはなかったが、生きたいとも思っていなかった。なんでか自分は生きていて、そうしてなすがままに生きていた。仕事は楽しかったが、それなりだった。自分が生きる意味を問うまでもなく、ただ生きていた。
 わかったのはあの時だったろう。この人と一緒にいたいと思ったのもその時だった。喫茶店のカウンター席。横並びで座って、何気なく会話していた。あなたは自分の用事をそこでしていたようだった。私は友人がトイレに立つのを見送って、窓の外を眺めていた。ふと、雲行きが怪しくなって、雨がぽつぽつと降ってきた。私は傘を持っていたのでうろたえることもなく、ただ雨にたじろぐ人たちをぼーっと見つめていた。
「雨ですねー」とあなたは言った。
 私は、そうですね、とか応えたと思う。何かを諦めたようにあなたはうなだれていた。さっきまで晴れていた空を見つめている。
「今日は降らないと思ったのにな」とあなたはまた言った。
 はたから見ればどこにでもいる人だった。それまでは。あなたは、私にこう頼んだ。家に帰って布団を仕舞ってくるから、荷物を見ていてくれないか、と。見ず知らずの人にこんなことを頼むのはいかがなものかと思うが、家も近いし、あなたもトイレを待っているんでしょう。ちょっとの間だけ。もし店を出るのなら、それでも構わないから、と。私はそれを快く受諾した。いいですよ、なんなら一眠りしてきたらいい。今日はここでずっと打ち合わせなので。見ていますよ。あなたが帰ってくるまで。そう私は言うと、連絡先を取り出して、また言った。これを渡しておきますよ。何かあったら連絡してください。
 それを受け取るとあなたはその場を立ち去った。
 そして、その日はそのまま帰って来なかった。
 私はあなたの荷物を全て集めて、家に持ち帰ることにした。連絡先は渡してあるし、本当に寝てしまったのかもしれないと思った。そう思うとなんだか可笑しくなった。荷物はそんなに高級なものもないし、強いて言えばノートや本くらいのものか。ノートの中を読むわけにもいかず、そのままにして私は家に置いておいた。そのうちに連絡があるだろうと思っていた。
 案の定、翌々日に連絡があった。申し訳ない。あの荷物をあなたが持ち帰ったとお店の人から聞いた。あなたの都合の良い日でいいので、またあの店で会わないか、と。
 私は快く返事をして、そのまた翌日に会うことになった。件の喫茶店。午後二時。あなたは荷物を受け取ると、なんでこんなによくしてくれるのか、訊いた。そのまま捨て置いてもよかったものを。その厚かましい質問に、私は、さあね、私は愛想がいいから、と応えた。
 でも、本当は違った。喫茶店であなたを見かけた時から、ずっと気になっていた。その席を選んだのも私だった。運命に魅かれ合うように、私たちは出会ったのだ。話しかけたのは偶然だった。だけれど、それを必然にしたのは二人だった。彼女が喫茶店に戻って来なかったのは、私と連絡を取るための口実に過ぎなかった。すんなり帰ってしまっては、連絡のしようがないのだから。私はあなたが読んでいた本も見ていた。それから私もその本を買って読むことにした。私はつぎつぎと辻褄が合うのを感じた。それは私の好きな作家の、私の読んでいない本だった。あなたはそれを、ノートを付けて読んでいた。そうして読む人を初めて見たのだった。
 親しくなったある日、私は訊いた。なぜ見ず知らずの人間に荷物を預けることにしたのか。あなたはこう答えた。
「なんでか、信頼できる人だと思ったの。そして、そんなお願いをしても、嫌な気持ちにさせないだろうな、ってことも。厚かましいとは思ったけれど、そんなもんよ。それを断るような男じゃ、だめね、結局は」
 私はいつの間にか、けしかけられていたのだ。そして、私はいつの間にかそれに応えていた。そうして、私たちは巡り会った。そうして、私たちは、掴みあったのだった。