どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

歩き出す

 外の嵐は、今、私たちに巻き起こっているそれとは関係がないはずだった。家の外も内も荒れていた。私の内側も荒れていたし、彼の内側もそうだったろう。家の中の空気が重い。それは、私と彼が作っている空気であって、それ以外のことは何にも関係がないはずなのだけれど、それでも、私は確実にそれを感じている。部屋の何もかもを二つに割ったら、黒いドロッとした液体が出てきそうである。空気は薄紫色に見えるような気がする。なにを割っても液体は出てこないし、空気の色が見えるわけもない。私は動揺していた。部屋で遊んでいた猫は耐えかねて出て行ってしまった。今は廊下の自分のベッドで健やかに寝ているんだろう。猫のサスケが顔を舐め始めたあたりから雲行きは怪しかった。私たちは冷静に話し合っているように思えた。外野から見たらそれは大嵐に見えたかもしれない。別れ話。それはどこまで行っても平行線で、なにを言ってもまとまらなかった。なにも楽しくない時間が過ぎていった。誰が悪いというわけでもない。なにがダメというわけでもない。ただただ互いの距離を測りつつ、互いの関係を修復しようとしている二人だった。それでも、無理なものは無理なのかもしれない。どうにもならなさを、私たちは享受していた。
 気がつくと、外の大荒れが止んでいた。嵐が去ったのだ。晴れ間が覗いている。私はそうなるのを待っていたかのように部屋を出ることにした。話し合いは決着しつつあった。いつかはそうなるとわかっていたような気がする。この人と、結ばれることはないだろうと。結ばれるとしても、うまくいかないような気がしていた。どうにもならない荒波をこえて私たちはまた船出した。一晩中、話していたように思う。凛とした猫が起きてきて、私に甘えている。私と会うのもこれが最後だろう。この部屋のどこにも、私は居場所がなかった。「それじゃ」と言い捨てて、私は外に出た。敢えて忘れ物をする気にもなれなかった。どこにも未練はなかった。
 外の公園を一人で歩く。二人でよく歩いた公園。今日はひとり。寂しさは積もる。小鳥が啼いているのが聞こえる。思ったよりもずっと冷静に、私はすましている。過去の別れとは違う。ただただ噛み合わなくなっていっていた私たちの関係は、今日でおしまい。晴れた公園をひとり歩き、虹を見ている。家に帰って、眠ろう。私は私を癒す義務がある。私のことをしてくれる人は、私以外にない。一人になってせいせいしたかもしれないと思う。この方が性に合っているのだ、と自分に言い聞かせている自分がいる。涙が、あふれ出てくる。私は、泣いているのを実感してベンチに座る。どこにでもいる人間の、どこにでもある恋が終わったに過ぎないのに、私は、私にとってそれは一大事だった。当たり前のこと。途切れた線を再びどこかへつなぎなおしたいと思うものの、しばらくはこのままでいいかとも思う。散歩している子犬が戯れに近づいてくる。ベンチを譲るように私は再び立ち上がって、行く。人生は長くも短くもなる。私は私の人生を生きる。また、歩き出す。(了)