どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

小さな冒険

 歩いていると、やたらとこちらを見てくる少年がいた。まだ幼い。3、4歳といったところだろうか。その子は母親と一緒に歩いているのだが、母親とは手を繋がず、自分の意思で歩いている。母親の少し前を歩いている自分のところまで、時たま追い越してはこちらを覗き込んでくる。見るたびに目が合う。どうも、幼い彼の好奇心の対象となったようだ。
 それは、彼にとっての小さな冒険と見えた。彼に私はその時、往く旅人に見えたのかもしれない。少年が母親とどこに行こうとしていたのか私には知る由もない。だけど。その楽しそうな顔を見ていたら、こちらまで楽しくなる昼下がりだった。
 少年は私を完全に追い越した後も、右へ左へ歩き回っていた。母親は心配そうについて歩いた。彼の中で、壮大な冒険が繰り広げられていたに違いない。大通りに出る際に母親に手を掴まれると少年はおとなしく母と共に歩き始めた。その後のことは知らない。
 私はそのまま公園に向かった。私の冒険は続いた。少年も冒険を続けたろう。少年の冒険が私に感染・伝播したのだった。私は散歩に出たはずであった。
 それから私は道を往き、また別の旅人に出会い、そして別れた。家に帰るまで冒険は続いたのだった。