どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

2019-03-01から1ヶ月間の記事一覧

得がたい人を得るということ

この人には敵わないなぁ、という人がよいとおもう。 わたしが敵わないと思っていることを喜ぶ人が人がよいだろうともおもう。 うまく支配できると、そう信じていてほしい。 わたしを掌のうえで踊らせて欲しい。 わたしが踊らされているとも知らないうちに。 …

人間を信じている

人と接することには正も負もある。どちらかだけ、ということもほとんどない。それをどう受け取るのか、どう解釈するのか、は自分が決めている。決めているという自覚がなくても、決めている。そう感じているのは、その人自身でしかない。同じ目に遭ったとし…

運が良いということ

わたしは、つくづく、とことん、いつもいつも、運がいいと自分のことをおもう。でも、運がいいというだけではなかったはず。 なんとなく、の興味がいろいろとつながっていったり。ちょうどいいタイミングでいい仕事が舞い込み続けたり。疲れたなぁ、というと…

美しいから、君に見せたい。

「美しい、君に見せなくては。」って、でも、僕はそれ以上に美しいことを知ってしまった。 誰かに美しいものを見せたいという、そういう欲求はほとんどなくなってしまった。自分自身が、美しいものを堪能することで精一杯になってしまっている。 でも、「美…

わたしが書く理由

なんで書きたいのかって、 「言葉を話すことができない」ということを実感を持って人に伝えたいから なんじゃないのかなー、と思う。しゃべれなくなったことについて、誰を恨んでいいのかわからないし、恨んでいいわけでもないけど、なんか、そのこと昇華し…

えんむすび

年頃の娘が縁結びの神社巡りに熱心になっている。 縁なんて、どうせ交通事故みたいなものでしかない。出会った瞬間に出たとこ勝負で見極めて、飽きないうちにくっついてしまうのが一番いい。そこから先はいかに諦めるかなんだ、なんて口が裂けても娘には言え…