どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

鳩と猫(女の子に勧めてる男の子 を改題)

「おれが思うに、きみはこういう漫画を求めているはず」
「いや、いいよ、読むのめんどう」
 彼女は普段から化粧もしない、服にも拘らない、ネイルなんてしたことがないはず。そういうことに、きっと興味がない。
「あたしのなに知ってんのよ?」
「いや、わかるよ。見てればわかる」
 ぼくは怯まずに応える。これは頭を経由してなくて、自動に応えていた。意図した答えだったのか、自分でもわからない。とにかく、いつの間にかそう応えてた。
「いや、わかんないでしょ。あんた、あたしのことなんて知らないし」
 そこにいた公園の鳩たちは突然にどこかに飛び立って行った。何かに誘われるように。
「いや、わかるよ。見てるもん。おれが見たきみは、きみが表現したきみの見られたいきみでしかないけど、それでもわかる」
 鳩たちは、きっとどこかでだれかの撒いた餌を食べているのだろう。途端に辺りはしんとしてしまった。
「なにが!」
「きみが本当は何かを創りたいんじゃないかって。たぶん、それをどこかで諦めたんだろうけど、心のどこかに、まだ、それを隠し持っているって。」
「なんでそう思うのよ。隠してると思うんだったら、放っといてよ」
 彼女が声を荒げる。何か触れられたくないものに触れられたかのように。鳩たちがこっちに戻ってきた。こちらでは餌を撒いていないのに、ここに、何かがあるのだろう。
「にじみでてるよ。本当は創りたいんだって。でも、たぶん何かがあるんだろう。トラウマを掘り起こすことになるのかもしれないと思ったけど、なんか、言いたくなった」
「余計なお世話だよ。あたしのすることに口出ししないでよ。無責任だよ」
 鳩が餌を求めてそこらを歩き回っている。だけど、ここにはなにもない。鳩は行く当てもなくさまよう。鳩に餌をやる人は自分がやりたいからやるのであって、そこにはなんの責任もなく、ただ餌をやる自分のことを思っているだけなのだ。
 化粧っ気のないきみがなんだか無性に愛おしく見えて、ぼくは。
「いいんじゃない、それも人生だ。きみの、人生だ」
 池のアイドル猫がやって来た。ここにはなにもないのに。ただ、ぼくと彼女が喋っているというだけなのに。何かがぼくたちを注視しているような気になっている。自意識過剰なのはわかっている。ただ、そんな気がするだけ。ぼくはたまらずベンチを立った。
「どこ行くの? もう帰るの」
「歩こう」
 辺りはずいぶん暖かくなったけれど、池の周りはまだ冷たかった。どこか別のところへ行くべきだ、と直感した。
「どこ行くの? 独りにしないでよ」
 ぼくの一人屋に誘うわけにもいかず、ぼくたちはただ歩き出した。
「創りたいわ。そりゃあ、そうできるのなら。でも、それでは生きていけないのよ。分かりきったことじゃない」
 猫がなんともなしについてくる。こっちにはなにもないのに。彼女はたぶん鳩にも猫にも気がついていないだろう。髪を乱したまま、ただ、ついてくる。
「そうやって自分に言い訳して生きたらいいさ。ぼくにはきみに才能があるかなんてわからないよ。でも、やりたいことをやりたいように、やれる範囲でやるべきだ、と思うから」
 猫はいなくなり、鳩はいなくなり、ぼくと彼女だけがただ歩いていた。そこにはぼくら以外誰もいなくなっていた。ぼくは続ける。
「現にこうして一緒に歩いてるじゃない。ぼくはきみにとって都合のよくないことを言うのに」
「だって、独りになりたくないから」
「人はみんな本来的に一人だ」
「そうだけど、誰かと一緒にいたいのよ」
「そうやって誰かに依存してる間はきみの人生はきみの人生ではないんだよ。きみがもし創るなら、その過程でそのことを学ぶのだろう」
「いいわ。私は誰かと生きるもの」
 片めのない猫がやってきて、彼女に戯れようとしている。
「ぼくはきみにめを感じてるってわけじゃないし、一人で生きたらいいとも思っていないよ。ただ、一人で立つべきだと思ってる」
「そう」
「きっかけはなんでもいいさ。きみが自分の人生を生きるなら。漫画でなくても、それがぼくの差し金でなくても。ただ、今日ここをきみとぼくとで歩いたことを、忘れないでほしい」
 めのない猫は居心地が悪そうに去って行った。鳩が空を飛んで行くのが見えた。