どんなに高く飛ぶ鳥よりも想像力の羽根は高く飛ぶ

自分の"楽しみ"を書いて、自分だけが救われるんなら、それは言葉ではないんじゃないの。言葉は人のものでもあるんだから。

ちこちゃん、水族館へ行く

「およいでるアジ、おいしそう!」
 ちこがそんなことを水槽の前で言い出した。市内の水族館の、大水槽の前。妹のさっちんと手を繋いだまま、私に、叫ぶように。
 私はこう応えた。
「捌くの、難しいよ、お母さんには、難しいなー。ちこちゃんも食べるの大変だったじゃない」
「そんなことないよ」
「そうかなぁ?」
 泳いでいる魚を美味しそうと思うのは、なんだかすごいな、と思う親バカ。オトナにはいろんなことがこびりついているけれど、この子には美味しそうに見えるんだ。なんだか不思議。素を見て、その先を想像しているのだ。面白がる力みたいなものは到底この子たちには敵わない気がしてしまう。
「んー、じゃあ、他のは? イルカとか、ペンギンさんとかは? 美味しそう?」
「んー、ちがう。いるかさんもペンギンさんもたべちゃだめ」
「そうねぇ。鯵、好き?」
「んー、おいしいね」
「ふーん。泳いでる鯵は、なんか、綺麗じゃない?」
「きれいだけど、きれいだけど、おいしそう」
「んー、そうか。魚、美味しいよね」
 あくまでも、ちこは食べるのが良いらしい。私にはとてもそんな風には思えなくて。ただただ捌くことの大変さが思い浮かんでしまう。それは私がやる気のない料理人だからだろうか。一流の料理人なら、きっと、泳いでいる鯵を見て、美味しそうと思うに違いない。そう思えるから、一流なのではないか。ちこには料理はできないけれど、それを想像することができるのだ。この想像は、きっと、あらゆる分野でこの子を助けてくれるだろう。そういう見通しがずっと利くのであれば、この子の将来はきっと明るいだろう、なんだか、そんな気がした。ちこにはそろそろ料理を教えようか。
「ちがうよ」
「ん? どしたのさっちん」
「ちがうよ。これ、おさかなじゃないよ」
「えっ?」
「スーパーにあるのとちがうよ」
「あー……、切り身のことを言ってるのね、さっちんは!」
 なんだか、大水槽の前の空気がほころんだ気がした。妹の手をとると、ちこと私は次の水槽の前に進んで行ったのだった。