2019-01-01から1年間の記事一覧
「あなたは本を読み過ぎて 頭の中も 身体の中も “知恵”や“知識”でいっぱいね」 「でも、そこに、あなたの 頭や身体を通した“経験”はほとんどないでしょう」 「実際にやることと、できること、やれるつもりでいることは 違うのよ」 「やったらできるかもしれ…
理想の相手を想定したところで、その相手は永遠に現れることはない。ただ目の前にある現実を“是”とするか“非”とするか、“非”だったけれどなおざりに“是”となったり、“是”だったけれどうやむやのまま“非”となるのを見て見ぬ振りをしたり。 “人類”は時代を追う…
革命、情報革命。ぼくの世代はそれにうまく順応できている最初の世代かもしれない。 だけど、その溢れる情報をうまく扱えているか、というとおそらくそんなことはなくて、持て余してしまっている。順応している、とは、それにアクセスしようという気持ちにな…
来たことのある場所 嗅いだことのある香り 眩んだことのある光 触れたことのある心持ち それを経験したはずなんてないのに なんだかそう感じてしまうこと 初めて恋に落ちたとき それが初めてではないことを、ぼくは知ってた こういう気持ちになったことが以…
ぼくの彼女は携帯電話を持っていない。「スマホ」ではなくて、「携帯電話」を、だ。別にファラデーとかマクスウェルに恨みを持っている、とかなんかそんなことでもなくて、単純に携帯電話が必要ないらしい。高校生の間だけは成り行きで親に持たされていたら…
じぶんのことを、不甲斐なく思うこともできるだろうし、 じぶんのことを誇らしく思うことだってできるのだろう。 どっちだって、簡単なこと。 そうしようと思いさえすれば。 そうすることをじぶんに許すのならば。 じぶんみたいなもんが、と思うことは じぶ…
それをしないとしても、それはわたしがしないことに決めたのであって、やはり、わたしが自分で決めたことである。それをしない理由がどんなものであったとしても。どんな要因であったとしても。 なにかをできないと決めることについて、人の関与する余地は、…
生きていることは、恥ずかしいことだ。 なにをやっても不安は尽きない。 何かに自信を持った瞬間に、それはできなくなってしまう。 そう思っている。 自信を持ってなにかを胸を張ってするようになったら、その心は驕りに満ちている。 だから、失敗する。 う…
道を歩いていて、ふと、思った。 このバス停は、どこにつながっているのだろう。 きっとどこかにつながっていて、乗った人をどこかへ連れて行ってくれる。 運賃はたったの数百円で、そんなに不快なこともなく、外の変わりゆく景色をただ眺めていられる。 無…
知らない人と、映画の予告編を観ている。 わたしたちは、ここにこうしている必要もないし、 それを観ている必要もない。 だけれど、ふたり並んで観ている。 なんだか、この予告編を観なければならないような気がしている。 それも、その人と一緒でなくともよ…
言葉で世界は出来ている。 言葉で世界を把握し、 解釈して、 或いは書き換える。 言葉がなければ、この世界はわたくしにとって存在していないのと同じで、 言葉がなければ、この世界に触れることも出来ない。 言葉による感染は、人を目醒めさせ、 言葉による…
誘導用ブロックみたいに。 それを必要としている人にはとても役に立って、 それを必要としていない人には、その存在さえ知られることもない。 それを必要としている人にはそれがなくてはならなくて、 それを必要としていない人にはそんなに邪魔にはならない…
いまのぼくに、報われるべきなにか、あるだろうか。 なにかの願いをもってそれをしているだろうか。 それによって、なにも起こらなくても構わない、と思ってる。 本当にそう思っている。 だからと言って、それが自分の目一杯か、というと、たぶんそんなこと…
まいにち体重計に乗らないと、自分のなりたい体重になることは、たぶんない。 近づくことも、遠ざかっていることもわからない。 自分の今の体重を知らなければ、理想体重を設定することもできない。体重という数直線の上で、その人はどこにも存在し得ない。 …
なんだか、文章を書かずにはいられない夜ってのがあって、今夜はそういう時みたい。 人の役に立てている感覚ってのは、気持ちがいいものだ。それによって自分が生きることができるというのは、格別のもののようにおもう。こんな気持ちになるなんて、本当に生…
この人には敵わないなぁ、という人がよいとおもう。 わたしが敵わないと思っていることを喜ぶ人が人がよいだろうともおもう。 うまく支配できると、そう信じていてほしい。 わたしを掌のうえで踊らせて欲しい。 わたしが踊らされているとも知らないうちに。 …
人と接することには正も負もある。どちらかだけ、ということもほとんどない。それをどう受け取るのか、どう解釈するのか、は自分が決めている。決めているという自覚がなくても、決めている。そう感じているのは、その人自身でしかない。同じ目に遭ったとし…
わたしは、つくづく、とことん、いつもいつも、運がいいと自分のことをおもう。でも、運がいいというだけではなかったはず。 なんとなく、の興味がいろいろとつながっていったり。ちょうどいいタイミングでいい仕事が舞い込み続けたり。疲れたなぁ、というと…
「美しい、君に見せなくては。」って、でも、僕はそれ以上に美しいことを知ってしまった。 誰かに美しいものを見せたいという、そういう欲求はほとんどなくなってしまった。自分自身が、美しいものを堪能することで精一杯になってしまっている。 でも、「美…
なんで書きたいのかって、 「言葉を話すことができない」ということを実感を持って人に伝えたいから なんじゃないのかなー、と思う。しゃべれなくなったことについて、誰を恨んでいいのかわからないし、恨んでいいわけでもないけど、なんか、そのこと昇華し…
年頃の娘が縁結びの神社巡りに熱心になっている。 縁なんて、どうせ交通事故みたいなものでしかない。出会った瞬間に出たとこ勝負で見極めて、飽きないうちにくっついてしまうのが一番いい。そこから先はいかに諦めるかなんだ、なんて口が裂けても娘には言え…
自分のアイデンティティが全部崩壊するような局面に立ってみたい。何もかも失っても、いま自分が好きなものすべてがそうでなくなっても、自分を生かしているもの全部を失っても、それでも自分が自分であることを確認したい。 ぼくを形作っ…
人の悪口を言っている人は、他人の悪口を言えるほどに「好い人」なんだろうか? どんな人も、悪口を言われるであろうなにかを抱えているものだし、そういうもののない人というのが、ぼくにはとんと、想像がつかない。 どんなに普通の人も、どんなに好い人も…
人の役に立つことに飢えていた。人に必要とされる自分でありたかった。 自分のことをとても見下してしまっていたから。ほとんど人間ではないってくらいに。少なくともまともではない、と。 それだって、今もほとんど変わらないと思う。 人に頼りにされること…
なんだかんだと、没頭して生きてる。なんとか。錯覚もあるのだろうけれど、少しは人に信頼してもらえているような感じがあって、それが本当にうれしいことになっている。 自信も少しはでてきたのか、人と親しくなれている、と思う。 その感じが、なんだか自…
やっぱり、そうなのだ。 わたしは、人のやさしさや親切心をほんとうには信じられなくなっている。そうなってしまっている自分がとてもくるしい。 そういう自分を醜いと思うから。 猜疑心はずっとあって。その原因は、自分を信じていないからなんじゃないか。…
どこかでなにかに心が震えたはずなのに、それがなんだったのかをもう忘れてしまってる。その震撼によってわたしはずっと歩いてきたはずなのに。 こんなにも執着しているのに、その震源がなんだったのか、覚えていない。わたしはそれを覚えていようともしなか…
ちいさい頃に、宇宙に行ってみたかった。それは、遠くへ行きたい、ってことだったんだろうか。 その頃のぼくは、ぼくの生活に特別に不満というわけでもなかったし、むやみに不安というわけでもなかった。 ぼくは、遠くへ行きたいというわけではなかった。自…